✦書評:『フォーカシング・ハンドブック』
トレーナー仲間や研究会メンバーで作った本『フォーカシング・ハンドブック』の書評を内田利広さんが書いてくださいました。
初出は、日本フォーカシング協会ニュースレター第29巻第1号(2026年5月)9-10. です。
内田さんと一般社団法人日本フォーカシング協会の承諾を受け、下記の通り掲載させていただきます。
《書評》
日笠摩子監修、高瀬健一編著『フォーカシング・ハンドブック』(2025、北大路書房)を読んで
評・内田利広(龍谷大学)
授業や研修会などでフォーカシングを分かりやすく伝えるのは、難しくいつも苦労するするところですが、本書を読んで、とても分かりやすく説明してあり、勧めたい本だと思いました。また、内容的にもとても幅広く、実践に即した内容になっています。それぞれの執筆者が日々の苦労と工夫から生まれた知恵が詰まっているからであろうと思います。
本書は5つの章から構成されており、基礎的な内容から具体の方法、日常的、実践的な内容まで、網羅されており、読んでいて納得させられたり、もっと知りたいなと引き込まれていったりするところもありました。
第1章では、フォーカシングの基礎的な内容が書かれており、体験過程について「体験の流れ」と記されていました。この表現は、私もとても好きな言い回しであり、研修会などでもよく使う表現です。体験過程(experiencing)という表現は、進行形でこのように表現されることもありますが、やや硬く、静的なイメージになるので、「流れ」という表現が流動的であり、日本では馴染みやすいのではと思っています。また、「フェルトセンス」も伝わりにくい言葉ですが、「注意を向けることで(いわば)スポットライトを当てられ意識に浮かび上がってくる体験過程の一側面」として示されており、うまい表現だなと納得しました。
第2章では、フォーカシングのプロセスが、丁寧に説明されています。その中で、私は最初のプレゼンスの説明がとても気に入りました。プレゼンスのミニワークで、「自分にとって、よく話を聞いてくれたり、丁寧にサポートしてくれるような、尊敬し信頼できる実在の人を思い浮かべてみましょう」というものがあり、その人といるときの雰囲気、空気感、状況を感じてもらい、それがプレゼンスということです。プレゼンス(存在、存在感)という非常に捉え難い言葉を、自らの日常の体験の中にある感覚を使って感じてみるというのは、とてもいい方法だと思いました。そして、我々は、常にそのようなプレゼンスの中で生きているということを実感することにもつながるのではと思いました。
本書では、このようなワークが随所にちりばめられており、まさに実践、実感を通して学べるようになっています。さらに、フェルトセンス、フォ―カシング的態度、共鳴、進展、そして最後には、リスナーとしての心得、ガイド、についてまとめられています。まさに、フォーカシングセッションを体験しているような流れであり、またリスナーとしてどのように聴いていったらいいのか、戸惑ったときの貴重な手引書として役に立つのではと思いました。
フォーカシングセッションを行っていると、ついこれでいいのだろうか、自分はうまくやれていないのでは、と言った意識が湧いてくるものです。それは「内なる批判家」として取り上げられ、対処のポイントとして、「内なる批判家が動き出したことに気づくことです」と記されています。そのことに気づいており、そのことも認めるようにということは大切なところだと思います。ただ、私自身がフォーカシングセッションを行う時に、あまりこの批判家を意識したことがないなと思い至り、不思議に思いました。私自身がフォーカシングを行う時に、批判家はどのように扱っているのだろうかと、改めて検討してみたいと思っています。
第3章では、生活の中のフォーカシングということで、日常の中で体験されるフォーカシングについてまとめられています。その中で興味深かったのでは、私自身が始めてフォーカシングに触れた時、“これって今まで自分があれこれ考え、感じてきたことでは”と思った感覚です。そして、このような自然にフォーカシングができている人は「ナチュラル・フォーカサー」と呼ばれているということでした。そういう人に対して、名前があるのだというのは、新鮮が驚きでした。このように、本書には、まだ自分もよく知らないようなことがあちこちに散りばめられていました。
第4章は、フォーカシング指向心理療法であり、私がもっとも関心のあるところでした。
フォーカシング指向心理療法の基礎として取り上げられていたのが、関係性であり、まさにその通りだなと感じました。ジェンドリンが述べているように「第一に重要なのは関係」であり、それは他の多くの心理療法にもつながるところではと思います。さらに、その二人の関係について「触れ合うことは溶け合うことではない。まったくその逆である」ということであり、触れ合うとは、異なる存在としてそこにある現実を踏まえての関係であり、溶け合って自分の思い込みで理解していくこととは異なることが示されていました。私は、以前この関係性について、「心の重ね合わせ」(内田、2026、編集注1)という視点から考察したことがあり、まさに異なる二人の心と心がどのように、触れ合い、重なり合っていくか、それは溶け合うとは異なるのだ、というのはとてもよくわかる話でした。
そして、最後5章の心理療法を超えて、も魅力的な内容であり、フォーカシングを技法や心理療法の一学派としてでなく、生きている人間理解の視座として、また哲学としてまとめられています。
このように本書は、非常に刺激にあふれた言葉や説明が多く、フォーカシングに関心のある人は、ぜひ一読されることをお勧めしたいと思います。
編集注1 内田利広(2026)、体験過程理論から見た「心の重ね合わせ」に関する一試論-「間」の相互性と体験の流れの視点から-、龍谷大学心理学紀要 第14号、1-11


