フォーカシングを創始したのはユージン・ジェンドリン(Eugene T. Gendlin)という人です。愛称は「ジーン(Gene)」。1926年、オーストリアのウィーンに生まれましたが、子供の頃にナチスの迫害を逃れてアメリカに移り住みました(この時の経緯について、国際フォーカシング研究所(The International Focusing Institute)にジェンドリンの回想があります。日本語訳のページはこちらです(pdfファイル))。

ジェンドリンは元々哲学を学んでいた人で、体験の象徴化、つまり体験を言葉などで表現するプロセスをテーマに研究をしていました。ジェンドリンは、来談者中心療法で有名なカール・ロジャーズがまさに自分の研究しているテーマを実践していることを知ってロジャーズのもとを訪れ、ロジャーズのグループで心理臨床の実践をはじめます。ロジャーズらとともに実践と研究をおこなう中で、ジェンドリンは体験過程(experiencing)、つまり言葉になる以前の体験の流れについて思索を深め、心理療法において体験過程が非常に重要なものであることを明らかにしました。フォーカシングのメソッドの背景には、この体験過程の理論があります。ジェンドリンの業績は高く評価されており、アメリカ心理学会の第1回優秀プロフェッショナル・サイコロジスト賞を受賞したのをはじめ、いくつもの賞が授与されています。ジェンドリンのもっともよく知られた著作「フォーカシング」は17の言語に翻訳されています。

21世紀に入ってからのジェンドリンは、心理療法の領域からは離れ、哲学的な思索に専念するようになりました。この時期の大きな業績として、TAE(Thinking at the Edge)という理論構築のための方法を開発したことがあげられます。ジェンドリンは晩年までオンライン・クラスで受講生と直接にやりとりをするなど活動を続けていましたが、2017年5月に90歳で亡くなりました。

ジェンドリンの講演の様子は国際フォーカシング研究所から販売されているDVDに収められていますが(動画サイト「You Tube」にも抜粋版が公開されています)、リラックスした雰囲気で、時にユーモアをまじえながら話す人で、聴衆とのやりとりもフランクで温かいものでした。誰に対しても、自分自身としてそこにいる人でした。「ジェンドリン先生」というよりもやはり「ジーン」という呼び名がしっくりくるような人です。しかし言葉は常に真剣で、実感に触れながら語り、適当に話すということがありませんでした。聴衆に向けて語ることもジーンにとって思索のプロセスだったのかもしれません。

(久羽)

関連情報