暮らしとフェルトセンス

フォーカシングは、決して特別なものではありません。
心や身体からの声に耳を傾けるやり方であり、私たちの日常で、すでに起きているプロセスです。

「暮らしとフェルトセンス」は、日々の暮らしの中で、すでにそこにあるフォーカシング、ふとフェルトセンスが動いた瞬間を、エッセイ風につづったコラムです。
(文責あべ)

「オレンジ色の夏」

2020年、なにもかも想定外の夏は、長い長い梅雨が明けると同時に、出遅れたスタートを取り戻すかのような猛暑、熱暑が続いた。

青い空、濃い緑、もくもくと曲線を描く入道雲、熱風とセミの音が身体を包み込む夏。

ふと、この夏にふさわしいマニキュアが欲しくなった。何色だろう・・・・・・
自分の内側に問いかけると、かえってきた答えは「オレンジ」

オレンジ!?

これまで好ましいと思ったことはなく、お洋服もメイク道具も持っていない色。

なぜにオレンジ色なのか、わからぬものはわからぬままに、ドラッグストアのコスメコーナーで、オレンジ色のマニキュアを選んでみる。

今の私にぴったりくるオレンジ色は、どれだろう・・・・・・。

またも意外なことに、手が伸びた1本は、明度も彩度も高いオレンジ色。

グレイッシュなトーンや、ベージュ寄りのオレンジを想定していた自分がとまどうような、はっきりくっきりしたオレンジ。

それでも、フェルトセンスの赴くままに選んだ1本を、この夏のマニキュアとして愛用した。

実際ぬってみると、指先、つま先に、ぽちぽちと小さな太陽が整列しているよう。

目に入るたびに、その明るさ、はっきりした色合いに元気になる。

穏やかならざる世情に猛暑で疲れを感じやすい今夏、太陽のエネルギーがぎゅっと詰まっているようなオレンジ色に、ずいぶんと助けられた。

あるようなないような短い夏休みが終わり、気温は高くても、吹く風に涼しさが混じるようになってきた。

麦わら帽子とかごバッグは、もうおしまい。オレンジ色の爪先も、盛夏のころほどしっくりこない。

季節はゆるやかに、そして今年も変わらず、変わっていく。

「言葉のボート」

手紙を書くのが好きだ。

言葉を届ける手段は数々あれど、いまだに1番好きなのは、手紙。

手紙を書きたい相手を思い浮かべると、伝えたい言葉がぼんやりと浮かんでくる。

言葉の先にいる相手と、ぼんやりとした言葉のあつまりを浮かべながら、手元の文具箱から、便箋と封筒(もしくは絵葉書)を選ぶ。
この感じをつづる便せんは、どれだろう?
眼では便箋の柄、指では便箋の手触りを感じながら、選ぶ楽しみ。

便箋が決まったら、筆記用具を選ぶ。
ボールペンに万年筆。
紙を滑るペン先の書き心地に、ペンの色、ペン先の細さ、どんな筆記具が今日の気分?

黒にブルーブラックは定番だけれど、春は木々の葉の色、深緑、夏は青空のような鮮やかなブルーに心惹かれるし、秋から冬にかけては、茶色が使いたくなる。
細い罫なら、細いペン先のものを。
自然と紙滑りの良い筆記具を選んでいるときは、ちょっと疲れている時。
便箋との相性も吟味し、手紙を書く相手に思いをはせつつ、筆記具を選ぶ。

さあ、書き始めよう。
手紙には定型があるけれども、親しい相手には、ぼんやりとした言葉のあつまりが形になるまま、つらつらと。
活字にはない、私だけの字が言葉を描き、言葉がぼんやり浮かんだものを、伝わる形に変換していく。
書き手の内側が紡ぎだすひとりごとのような、一方で相手がいるからこそ形になる言葉たちのような、不思議な書きもの、手紙。それはまるで、言葉を乗せて運ぶボートのようだ。

ペンを置いたら、切手を選ぶ。
買いためてある記念切手の中から、書いたばかりの、この手紙にふさわしいものは、どれ?
季節や、封筒とのバランスも考えて。
宛名を書いて、差出人も明記して、封緘。最後まで、美しいボートになるように、丁寧に心を込める。

郵便ポストの四角い口に吸い込まれた言葉のボートは、数日後に、相手に届く。

時間と空間をゆるやかに超える言葉のボート。

そして、我が家のポストにもまた、知人からの言葉を乗せたボートが届く。

互いに行き来するボートが、新しい言葉を生み出してゆく。

水面に浮かぶボート