パトリシア・オミディアン博士「コロナウィルス:恐怖のフェルトセンスと共にいること」日本語訳

Focusing Initiatives Internationalウェブサイトに掲載された、パトリシア・オミディアン博士(Patricia Omidian Ph.D.)による‘Coronavirus: Being with your Felt Sense of Fear’の日本語訳をお届けします。

初めに、パトリシア・オミディアン博士について簡単に紹介します。

パトリシア・オミディアン博士
彼女は、カリフォルニア大学で医療文化人類学を学び、博士号を取得しました。
アメリカ、パキスタン、アフガニスタンなど大学で教え、トラウマや心理社会的健康、感情の文化人類学という領域で、研究や介入プログラムを長年実施してきました。

一般の人に向けたフォーカシングやポジティブ心理学のワークショップ、セミナーも行っており、2009年、2013年、2015年に来日しています。

エボラ出血熱流行時には、WHO(世界保健機関)からの要請で、2度にわたりリベリアで地域のメンタルヘルスと福祉サービスの増進に取り組みました。

コミュニティ・ウェルネス・フォーカシングの創始者の1人で、Focusing Initiatives Internationalの共同創設者であり、The International Focusing Instituteのコーディネーターです。

記事の中で博士はご経験を基に、戦時下と感染拡大状況の違い、感染症への恐怖が人々にもたらす影響についての述べ、恐怖に対処する具体的なやり方を4つの手順で紹介しています。

この記事は、「新型コロナウイルスの3つの顔」(日本赤十字社ウェブサイト)について理解を深めることにも役立つでしょうし、不安と恐れ(ウイルスがもたらす第2の”感染症”)や嫌悪・偏見・差別(第3の”感染症”)を防ぐことにも繋がるでしょう。

このウェブサイトに日本語訳を掲載することを、パトリシア・オミディアン博士(Pat, パット)は歓迎してくれました。ぜひ広く知らせてとおっしゃってくださいました。
どうぞぜひ最後までお読みください。

コロナウィルス:恐怖のフェルトセンスと共にいること

フォーカシング・イニシアティブ・インターナショナル
パトリシア・オミディアン博士

恐怖は私をエボラから守ってくれました

私はエボラが蔓延し始めた頃とほぼ終息してきた頃に、リベリアで仕事をしました。今日ここに座ってその経験とコロナウイルスの世界的大流行(pandemic)に関する現在の警告について考えていたら、私はリベリアにいた頃に引き戻されていきました。

私は仕事のために、交戦地帯や、戦後の未だ緊張が高く災難が当たり前の地域に行きました。戦時下では、発砲の音が聞こえ、夜空には発射された武器の軌跡が光って見えます。北から来て、西に向かっている、急げ、防空壕へ!私は、90年代にはタリバンが支配し、その後米国が戦いへと導いた時期のアフガニスタンに、様々なかたちで入りました。そこで発見したのは、人々は戦争に適応するということです。彼らはどうにかして、その暴力の中で生活しようとしていました。

病気は違います

その脅威は目に見えず、聞こえません。それは周り中に潜んでいて、ゆっくり忍び寄ってくるかもしれません——あるいはどこからか突然ぶつかってくるかもしれません。皆が不意を突かれる交通事故のように。

人はどうやってそれに対処し、調整し、適応していくのでしょうか?私たちの自然な反応は、進化の歴史に根ざしていて、逃げろ、あるいは、隠れろと告げます。私たちは病気の人に背を向けます。それだけでなく、外部の人を排除し、友だちだった人や隣人に思いやりのない行動をとることもあるでしょう。(そしてこれを読んであなたは自分に言います:私は違う!)

これが起きるのを最初に見たのは、世界保健機関(WHO)と契約して、エボラが発生したリベリアで仕事をした時です。私が到着したわずか数日後に、その地域は歴史上かつてない健康を脅かす災害に見舞われていました。死者の数は上昇を続け、1日当たり100人を超えました。私は、人々が、病に屈した親の子たちを家に閉じ込めて餓死させる、という話を聞きました。見知らぬ人が助けを求めに村に来ると、石が投げつけられました。私はその国に10ヶ月いて、地元の人たちと肩を並べて働きました。彼らの家族の誰が次に病気になるかなど、誰にもわかりませんでした。

そこに起きていたのは混乱と恐怖でした。前線で働いている私たちもまた圧倒されていましたし、私たち自身の反応は張り詰めたものでした。どうやって自分たちが安全でいて、同僚の安全を守り、さらに人を援助するのでしょうか?私たちが車で道を走っていたら、側溝に倒れている身体を見るでしょう。私たちは、その人は生きているかしら、もし生きているなら助けるべきではないかしら、と思うことでしょう。なぜなら、私たちだけでそれをやろうとしてはいけないと命じられていたからです。もし私たちが停まったら、何が起きるのでしょうか?私たちが停まらなかったら、その女性はどうなるのでしょうか?私たちの思いやりはどこに行ってしまったのでしょうか?私は、自分が圧倒されていた感じや人間性を失う恐怖のなかにいたことを、知っています。

それが、私が、今の私たちに対して恐れていることです。いつどのようにかはわかりませんが、コロナウィルス(COVID-19)がコミュニティに入ってくるにつれ、人々は今のこと以外ほとんど話さなくなっていきます。感染者や死者の数が増えるにつれ、不透明感が増します。私たちに扱えることは、病気が近づいてきた時にどのように応じるか、ということです。当然ながら、恐怖が最初の反応です。しかし、もし人々が、彼らの深い人間性からではなく恐怖からのみ行動したら、私たちのコミュニティは引き裂かれてしまいます。

では、何ができるのでしょうか?

私たちの恐怖は健全です。それは重要な事柄に対する私たちの反応の仕方です。

まず、私たちはこの恐怖に、「こんにちは」と声をかける時間を取らなければなりません。その恐怖は、私たちの生存反応の一部です。あるリベリア人の看護師は、20人以上がエボラに感染した家族の面倒を見ていました。彼女は私に、常に怖い、と話してくれました。しかし彼女が恐怖に対してしたことは、それがあることに気づいて、その怖さが和らぐまで歩き続けることでした。恐怖は、私自身もまた、守ってくれたと思います。そのおかげで注意して人々に触れるようになりました。度々手を洗うことや、基本的な衛生手順を遵守することを思い出させてくれました。恐怖は、私が生き残るための協力者でした。それに乗っ取られずにいられる限りは。
恐怖は、何度も何度も静かなパートナーになり私が思いやりを持てるようにしてくれました。

では私は、いったいどうやったのでしょうか?シンプルに、恐怖に「こんにちは」と言うことは、強力なプロセスです。

あなたも今、これを少し試してみるのはいかがでしょうか:

1)目を閉じましょう。

体の外側から始めましょう、あなたの手や、足です。静かに座って、あなたの身体に気づきましょう…椅子の上でどんなふうに安らいでいるでしょうか。どんなふうに顔に空気を感じるでしょうか。ゆっくり意識を呼吸に向け、内側の一呼吸、一呼吸についていきましょう。ゆっくりと、自分のしたいようにからだに注意を向けましょう。

2)次に、意識をあなたという存在の中心に持っていきましょう。

自分自身に尋ねましょう、生活のなかで、何が生き生きして感じられ、前に向かって動いているかなあ。
その内側の、前に向いた生き生きした部分と共にいるのは、どんな感じか、感じましょう。

3)それがしっくりした時には、恐怖が、今、内側でどのようなものであるかを感じられるかもしれません。時には、恐怖を、何かを必要としている友だちのように想像することが、役に立ちます。

あなたの恐怖に挨拶をしましょう、友だちのように(恐怖は他の感情と同じように役割を持っており、その役割はあなたの安全を守ることです)。
それがあなたに何を求めているか、感じる時間をとりましょう。
あなたがその恐怖に、友だちのように挨拶する時間をとった時、何が起きるかに、気づきましょう。
恐怖があなたを守ってくれていることに、感謝しましょう。

4)では、ゆっくりと注意を戻していきます、あなたの身体、椅子の支え。そして、あなたを囲んでいるその部屋に戻ってきてください。

準備ができたら、ゆっくりと目を開けます。

今、あなたは、あなたの恐怖に友だちとして出会い、思いやりのある自己への道を開きました。あなたは、自分自身のケアをすることができ、前を向いた生き生きした部分を活用し、私たちが共に直面しているこの状況に対して、あなたができることで貢献していけることでしょう。

恐怖と共にいる

・静かに座って、リラックスして、深呼吸をしましょう。

・少し時間をとって、あなたのからだがこの恐怖をどのように受けとめているのか、感じてみましょう

・あなたの恐怖に挨拶をしてみましょう、あなたの友人であるかのように
[どんな感情もそうですが、恐怖にもある役割があります。それはあなたの安全を守ることです]

・ある理由のために恐怖があるということを知ったとき、何が生起するのか気づきましょう

・恐怖と、恐怖があなたに何を求めているのか、その声に耳を傾けましょう

・あなたのからだが今、どんな感じか、感じてみましょう

(イラスト画像右側部分:末武康弘訳)
(訳:小坂淑子・堀尾直美)