✦天ぷらフォーカシング

天ぷらが食べたかった。

職場の昼食休憩後、「ランチに、天ぷら食べました」と聞いたのがきっかけで、どうにも天ぷら食べたい欲が止まらなくなった。その日の私は仕事が忙しく、お昼ご飯をゆっくり味わう余裕がなかったせいもあるのだろう。帰りの電車では、熱々さくさく揚げたての天ぷらで、口も頭もいっぱい。仕事の疲労もどこへやら、脳内は、天ぷら食べたい、天ぷら食べたい、天ぷら大行進である。

とはいうものの、ふと現実を鑑みると、今晩の献立は決まっており、すでに準備万端。いやいやその前に、ここから天ぷらを揚げる気力はない。かといって、スーパーのお惣菜の天ぷらは、私が食べたい揚げたての天ぷらではない。じゃあ明日以降はどうだ!?とスケジュールに思いを巡らせると、この先しばらくは、天ぷらを揚げる、もしくは、数駅離れた美味しい天ぷら屋さんに行くには、時間も余力もなさそうだ。

とまれ、夕飯は、美味しかった。
が、天ぷら食べたいの掛け声は変わらず勇ましく、かといって、とても叶わない現実もまた変わりはしない。

さて、どうしたものか。
お風呂につかりながら、天ぷら食べたい欲と、ままならぬ現実、双方がそこにあることを認め、ただ優しくそこにいる。
天ぷら、食べたいよねぇ。うんうん。揚げたて、熱々、美味しい天ぷらが食べたいよねえ。
そして、一方で、現実は難しいよねえ。そうなんだよねえ。
 
と。
天ぷら食べたい欲の影から、しょんぼりが顔を出してきた。
「こんなに一生懸命働いたのに、自分が食べたいものも食べられないなんて・・・・・・。」
そりゃあ、一生懸命働いたのだもの、食べたいもの食べたいよねえ。うんうん。しょんぼりするのは、当然のことです。うんうん。

少しトーンダウンした天ぷら食べたい欲と、ままならぬ現実。二つの間に居続けたら、突然解決策が降ってきた。
「ご近所の美味しいお蕎麦屋さんに行けばいいじゃない」
ああ、そうだ。あそこなら、明日仕事が終わってからでも食べに行けるし、熱々さくさくの美味しい天ぷらを揚げてくれる。

ざぶりっ、お風呂から上がって、家人の予定を聞き、明日はお蕎麦屋さんに行くことに決定。明日の夕食用に仕込んでおいたポトフは、明後日にまわそう。

一生懸命働いたあなた、いや私が食べたいもの、ちゃんと食べられるよ。
内側に意識をむけると、掛け声勇ましい天ぷら大行進はどこへやら、天ぷら食べたい欲は静かに、穏やかにそこにいる。
まだ現実に、天ぷらを食べたわけではないのだけれど。

(文章:あべ)

天ぷらのイラスト