✦土江正司氏による書評:『セルフセラピー読本』
フォーカシング・ネットワーク顧問の日笠摩子さんが共訳された書籍が発刊されました。
キャンベル・パートン著、日笠摩子・丹野ひろみ訳『セルフセラピー読本—ひとりで悩むあなたのためのフォーカシング』2025、木立の文庫
「悩み」や「困りごと」を誰かに相談したいと思っても、相談先を見つけるのは一仕事でしょうし、料金のハードルもあります。
こころの援助を求めること自体に迷いがあるかもしれません。
そこで役立つのが《セルフセラピー》です。
自分とは違う存在であるセラピストがいないという点で、通常のセラピーとは決定的に違いますが、それでも有能なセラピストが聴いてくれるやり方で自分を聴くことができたら、大いに役立つでしょう。
そんなコンセプトで書かれた本です。
フォーカシング・ネットワークの協力トレーナー土江正司さんが寄稿されたこの本の書評を掲載します。
<書評>
『セルフセラピー読本 -ひとりで悩むあなたのためのフォーカシング-』
C. パートン著、日笠摩子・丹野ひろみ訳一心塾カウンセリングルーム 土江正司
生活の中にセルフ・フォーカシングがあること。それは充実した人生を送る上で不可欠であると、フォーカシングに出会った人の多くが実感し、恩恵を受けているだろう。
しかし、私たちはどんなふうに“セルフ・フォーカシング”しているのだろう?「こころの天気」を描きながら・・、草木に水やりしながら・・、散歩しながら・・。たぶん、それは人それぞれなのだけれど、でも、そのとき何を大事にすればいいのか、うまくいくポイントは何なのか・・。やさしく語りかけるような翻訳に誘われて、この本をスルスルと読み終えたとき、その辺りがすーっと自分の中に入ってきたように思う。
著者キャンベル・パートン氏はイギリスにおけるPCAのメッカとも言えるイースト・アングリア大学で長年フォーカシングを指導するとともに、臨床にも携わってきた人である。
筆者は2011年のカリフォルニア州のアシロマで開催されたフォーカシング国際会議が著者との初対面で、「フォーカシングと瞑想」というパネルディスカッションで高瀬健一さん、藤田一照さんと共に登壇させていただいた。仏教にとても造詣が深く、物静かで、温かみのある紳士である。
同年に開催された第30回日本人間性心理学会(愛知教育大学)では、準備委員会企画講演「心理療法の哲学における暗在(暗黙 the implicit)という概念 -ジェンドリンと仏教- 」で登壇されたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれない。このときの通訳は訳者の日笠氏である(なお、日笠氏は近年、暗在・ 暗黙ではなく暗含という訳語を提唱している)。
日本で出版された訳書は本書の他に『フォーカシング指向カウンセリング』(伊藤義美訳)、『パーソン・センタード・セラピー -フォーカシング指向の観点から-』(日笠摩子訳)がある。
本書の第1章では、セラピーの有効性の本質を、ロジャーズの言葉などを引用しながら解き明かし、その本質をセルフ・セラピーに生かしていくにはどうすればよいのかについて考察されている。
第2章では、事例が4つ示されている。登場人物が心の中で考えたこと、つまり内省が描写され、それぞれに気づきに導かれていく。確かに、確かに・・こんな感じで筆者もよく内省している。「あ、それでいいんだね、セルフ・フォーカシングって」と感じさせてもらえる。
第4章では、セルフ・フォーカシングを行う際に困難さを感じるポイントについて、丁寧に述べられている。特に、自分が囚われてしまっている感情や思考がある場合は、簡単にそれらに間を置けない分、ついつい“いつも”の感情や思考にたどり着いては疲れを感じる。それをセルフで行うにはどうしたら良いか、丁寧に解説されている。
本書では全体を通じて、自分への問いかけの言葉がいくつも紹介されている。例えば、「このことすべての中心にあるのは何だろう」というような・・。効果的な自分への問いかけによって、私たちはふと我に返ることができる。そして囚われてしまって“いた”感情や思考を、対象として観察できる視点を得ることができる。
どこで聞いたのかも忘れたが、筆者はこんな逸話を思い出す。あるお爺さんが外で大きな口を開けて上を向いている。おそらく認知症で、傍目には“意味もなく”、よくそうしているのである。もちろん家族にはさんざんたしなめられていたのだが・・
あるとき、近所の幼児が「お爺さん、なんで大きなお口開けてるの?」と尋ねた。それ以来、このお爺さんはこの行為を止めたのである。
おそらく“いつも”の感情か思考かに囚われて、このお爺さんは口を開けていたのだろう。それが幼児の素朴な問いかけに、その“いつも”に間が置け、我に返ったのではないだろうか。
素朴な問いかけ、恐るべし。ロジャーズの「純粋性」にも通じるのかもしれない。本書を通じて筆者は「“問いかけ”ってなんだ?」と問いかけられている。そうだ、素朴な問いかけの言葉を壁に貼っておくことにしよう。我に返って、状況全体に間を置けるように。
最終の第8章で著者は、フェルトセンスに対する誤解について警告している。ここはフォーカシング初心者もベテランも注意深く読むべきところだろう。そして、「何もしない」、「待つ」などのキーワードを用いて、フォーカシングそのものを再考している。フォーカシング指向療法を追求してきた著者からの鋭い問いかけを感じる。
初出:日本フォーカシング協会ニュースレター第28巻第3号、2025、p.6-7

